投稿者 ogawa08 | 2013/02/23

第24回全国車いす駅伝競走大会

通称・京都駅伝 です!

2月16日~17日、京都府京都市で「第24回全国車いす駅伝競走大会」が開催されました。

宮崎空港にて

宮崎空港にて

近年、この時期寒い日が続いています。

雪を見ることもしばしばですが、今年も伊丹空港に着くなり雪が舞っているのを目の当たりにしました。

この冬は寒い日が続きました。

インフルエンザも大流行したので、体調管理が最も気がかりでした。

幸い、大きな病気にかかる人も出ず、駅伝大会へ臨むことができました。

伊丹空港にて

伊丹空港にて

移動です。伊丹空港では、多くのボランティア(主に搬送担当)の方が待機して、我々を迎えてくださいました。

自力で京都まで行くとなると、遠方の選手団にはかなり負担が重くなるのですが…

この点、京都駅伝はとても充実していて、私たちの移動の負担を充分軽減してもらっています。

選手はバスに、レーサーや荷物はトラックに、それぞれ運ばれていきます。

雪の京都

雪の京都

移動の間も雪がパラついていました。

開会式のある、宝ヶ池プリンスホテルに到着すると、チームボランティアの皆さんとご対面です。

ここでも荷物の運搬など、ボランティアの皆さん(ユース21)の支援があります。

その後、受付などを行います。

監督会議・会場

監督会議・会場

そして、翌日のオーダー(区間走者)を確定すると、監督会議があります。

藤井監督に委ねます。

1区:有馬、2区:松浦、3区:吉田、4区:小川、5区:外山。以上の布陣です。

夕方から、開会式と交歓会があります。

開会式

開会式

まずは開会式。

例年ですと、高円宮妃殿下が出席されますが、今回はご不幸があり欠席されました。

開会式と交歓会の間に、休憩がありお茶会などを楽しむことができます。

他のチームとお話しする機会もあります。

宮崎チームは、鹿児島チームとミーティングしました。

交換会(レセプション)

交換会(レセプション)

交歓会です。

県人会や県大阪事務所の皆さん等、宮崎県ゆかりの方々とも懇談することができます。

翌日は競技があるので、あまり深酒はできませんが、少しだけビールを飲めます。

短い時間ではありますが、いろいろな方とお話をする機会を頂けます。

さて、翌日の大会へ備え、準備に取り掛かります・・・

大会当日!

6時半に起床し、準備。

7時半に朝食。

準備万端(吉田選手)

準備万端(吉田選手)

そして、レーサーの最終点検とタイヤの空気入れ。

その後居室に戻り、荷物とレース道具の準備。

やがて、チームボランティアの皆さんが荷物を収集に来て、選手召集時間までそれぞれに待機。

召集時間が、各区間ごとに違うので、その割り当てられた時間に各自で移動します。

召集場所で第一点呼が始まる頃、みんな戦闘モードに入っていきます。

(私は、鹿児島の川路選手と世間話をしていましたが…^^;)

競技が始まります。

競う!1区・有馬選手

競う!1区・有馬選手

序盤第1区は、福岡、大分A、京都A、東京、大阪Aが先頭集団をつくったようです。

やがて、福岡の洞ノ上選手と大分の廣道選手の先頭争いになり、最後に洞ノ上選手が先に中継したようです。

すごいデッドヒートのようでした。

その後、福岡は2区以外はすべて区間賞を取り、圧勝で優勝をもぎ取ったようです。

以下は2位大分A、3位京都Aでした。 その後を東京、兵庫A、長野、高知、中国ブロックと続きました。

宮崎チームはどうだったかというと・・・ 今回は21位(参加28チーム)でした。

アンカー・外山選手

アンカー・外山選手

タイムは1時間5分51秒、久しぶりのオーバー60minでした。

個人的にも不満の残る内容でした。

中継して、はじめにスパートして前のランナーが大きく映りはじめ、「これはいける」と更にスパートしたら、一時一人は抜けたのですが…

しばらくするとスタミナ切れを起こしてしまいました。

中盤のアップダウンの続くところでペースががっくり落ちて、後続2,3人に抜かれる始末。

完璧なオーバーペースをやってしまいました。身の程知らずとはこのことでしょうか・・・

最後の下りが続く、最もおいしいところでスピードに乗れず、すっかりタイムをロスして、チームの足を引っ張ってしまいました。イカンです!(>_<)

昨年末から事情もあり2ヶ月トレーニングを休み、今年に入って1か月で仕上げようとしたのですが、やはり甘かったようです。

練習は正直です。

元に戻すには、4~6か月はかかりそうです。

宮崎県人会の皆様と

宮崎県人会の皆様と

さて、個人的な部分はさておき、チームとしても検討すべき課題が山積みです。

若返りを早急に進めなければ、将来に渡って京都へチームを派遣できるかどうか…

チームの再生を進めねばならないと強く思いました。

いっぽうで、今年は故障者続出の上、他のスケジュールと重なる選手もいて、駅伝参加自体が危ぶまれる状況になりました。

しかし、クラブメンバーの協力により、なんとかギリギリの5名で参加することになりました。

前回大会で、14年ぶりの入賞(8位)を果たせたのですが、今回は21位と沈んでしまいました。

周囲の期待に応えられず、まことに申し訳なく思います。

チームの面々

チームの面々

気持ちも沈みがちですが、私は宮崎チームが23年連続で継続出場できたことをうれしく思います。

良い時も悪い時も、諦めることなく繋いでいくクラブのメンバーを誇りに思います。

誰かが倒れたら、別な誰かがそこを補う気持ちがあると感じています。

ベストメンバーでなくても、その時々のベターメンバーなのだという気がします。

Good team!なのだと思います。

閉会式において

閉会式において

宮崎県人会の皆様、県大阪事務所の皆様、大会ボランティアの皆様、荒内さん、多くの皆様に感謝申し上げます。

ありがとうございました。

また、次回も出場を目指していきたいと思います。

来年も京都で会いましょう!

走っている写真が追加できました(3/8)。園田さんありがとうございます!...m(_ _)m


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